京都地方裁判所 平成4年(行ウ)30号 判決
原告
澤田寛治
右訴訟代理人弁護士
近藤忠孝
被告
中京福祉事務所長
山田博
右訴訟代理人弁護士
田辺照雄
被告訴訟参加人
厚生大臣
井出正一
右指定代理人
野中百合子
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事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 事実の認定
証拠及び前記第二の二の前提事実によれば、以下の事実が認められる。
1 注二〇条の規定の変遷及び補装具の給付対象品目の推移
法は、身体障害者の更生を援助し、その更生のために必要な保護を行ない、もって身体障害者の福祉を図ることを目的(その後二度の改正を経て、現行法のように、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するため、身体障害者を援助し、及び必要に応じて保護し、もって身体障害者の福祉の増進を図ることを目的とした。)として昭和二四年一二月二六日に制定されたもので、補装具の給付制度は、法の制定当初から設けられていた。当時の規定は「都道府県知事は、身体障害者から申請があったときは、盲人安全つえを交付し、又は補聴器、義肢、車椅子等の補装具を交付し、若しくは修理することができる」とされていた。その後昭和二六年五月に一部改正され、昭和二九年三月に「援護の実施機関は、身体障害者から申請があったときは、盲人安全つえ、補聴器、義肢、装具、車いすその他厚生大臣が定める補装具を交付し、若しくは修理し、又はこれに代えて補装具の購入若しくは修理に要する費用を支給することができる」と全面改正され、補装具の交付等は、国の機関委任事務とされた。そして、「補装具の種目、委託報酬の額等に関する基準」が厚生省告示され、補装具の種目が「盲人安全つえ、義眼、眼鏡、補聴器、人工喉頭、義肢、装具、車椅子、収尿器、松葉つえ、断端袋」と定められた(〔証拠略〕)。
右告示は、昭和三六年四月に改正され、昭和四八年には全面的に改正され、補装具の種目は、「義肢、装具、盲人安全つえ、義眼、眼鏡、点字器、補聴器、人工喉頭、車いす、歩行車、収尿器及び歩行補助つえ」と定められ、そのただし害で、「障害の現症、生活環境等を特に考慮して交付される補装具の種目、受託報酬の額等の基準は、厚生大臣が別に定めるものとする」とされた(〔証拠略〕)。
そして、その具体的な運用として、昭和四八年六月一六日社更第一〇二号厚生省社会局長通知「補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準の改正について」によって、補装具給付事務取扱要領が定められ、その第2実施要領1(2)に「身体障害者の障害の状況その他真にやむを得ない事情により、告示に示された補装具の種目、形式、価格等によりがたい補装具を交付する必要があるときは、基準外交付として厚生大臣に協議のうえ承認を得て交付することができること」と定められた(〔証拠略〕)。
その後、補装具の種目は、昭和五四年に電動車いす、昭和五五年に耳掛型補聴器、昭和五六年に骨格構造義肢、昭和五九年にストマ用装具、リクライニング式車いす、昭和六〇年に多点杖、平成元年に遮光眼鏡、電動式人工喉頭、座位保持装置、平成二年に挿耳型補聴器、歩行器、平成三年に高倍率弱視眼鏡、電動車いす(時速六kmのもの)、平成四年に手動リフト付車いす、平成五年に骨導型補聴器と、順次拡大され、現在に至っている(〔証拠略〕)。
また、基準外交付の例として、昭和五九年には、ストマの著しい変形若しくはストマ周辺の著しい皮膚のびらんのためストマ用装具を装着できない者又は二分脊椎による排尿機能障害若しくは排便機能障害のある者で、紙おむつ等の用具類を必要とするものを対象として、ストマ用装具に代えて、紙おむつ、脱脂綿、サラシ、ガーゼ、洗腸装具を、厚生大臣の承認があったものとして、援護の実施者限りで交付して差し支えないとされた例や、電動車いすのうち、身体の状況により手による操作ができないため顎や口で操作することが必要な場合、その装置を備えているため基準額内で購入できないものについては、個別に承認した例がある(〔証拠略〕)。
法二〇条は、その後も昭和六一年には団体委任事務へと改正され、平成二年には、現行法のとおり市町村の事務と改正された(〔証拠略〕)。
2 補装具交付の手続
補装具の交付を希望する身体障害者は、その居住する市町村(本件では福祉事務所)に対し、交付の申請を行なう。申請を受理した福祉事務所長は、申請にかかる補装具が、盲人安全つえ、点字器等のように、申請者の障害の状況に合わせて交付する必要の無い場合には、独自に交付の要否を判断する。しかし、申請にかかる補装具が、義肢、装具、補聴器、車いす等申請者の障害の状況に合わせて製作したり、調整することが必要な場合には、身体障害者更生相談所長の判定を求める。また、右更生相談所長は、新規の申請者の場合には、当該申請者に対して、できる限り切断その他医療措置を行なった医師と密接な連絡をとり、慎重な判定を行ない、専門医に医学的判定を委嘱することとされている(〔証拠略〕)。
3 人工呼吸器について
人工呼吸器は、肺胞でのガス交換機能が低下し、所要の換気量を維持することができない者に、横隔膜を含む胸廓の換気運動を補助し、又は代行することによって換気量を維持するための装置である。人工呼吸器には、その作用機序から大別して二種類のものがある。一つは、体の外側に吸気のときに陰圧をかけて胸廓、そして肺を膨らませる装置と、他は、気管内に陽圧をかけて肺を膨らませる装置であるが、前者は現在ではあまり使用されず、後者の方が優れている。そして、人工呼吸器の使用形態としては、現在では、生活の質的向上の面からも、在宅で、患者自ら人工呼吸器の装着、使用、離脱を行なうことが多くなってきている(〔証拠略〕)。
しかし、人工呼吸器を長時間継続使用すると、肺の細菌感染を起こすことが多く、その度に人工呼吸器の作動条件を新たに設定する必要が生じる。また、体の外に排出されると喀痰になる分泌物を常時排除する必要があるが、これが不十分になると、直接的には肺の機能を低下させ、肺の細菌感染の重要な原因になるとされている。更に、人工呼吸器療法を長時間実施する場合、右心不全を招来することがある。人工呼吸器を継続的に使用するのではなく、間欠的に使用した場合には、本来一定に維持されるべき体内環境を大きく変動させることになり、これが右心不全等二次的障害を惹起する誘因となることが知られており、気道内感染を誘発することが少なくない。したがって、人工呼吸器は、それが適切に使用された場合には、救命のために不可欠な医療器具となるが、些細なことでも問題を惹起すると、患者から生命を奪うことにもなりかねず、在宅呼吸器疾患患者の場合は、特に細心の注意をもって時々刻々変化する患者の体内での代謝に見合うガス交換を的確に維持するため病状の推移を把握した医師看護婦の指導が必要である(〔証拠略〕)。
4 原告の人工呼吸器使用状況
原告は、昭和四五年から呼吸困難ないし呼吸不全により四度の入院を行ない、昭和六二年三月一九日に人工呼吸器の継続使用のため、気管切開術を施行され、平成元年五月に退院して後は、自宅において人工呼吸器を一日約一八時間使用している。医師が二週間に一度往診し、静脈検査、痰検査等を行ない、月に一、二度動脈血液ガス分折やカニューレの交換を行なっている。検査の結果、問題が生じれば、人工呼吸器の設定条件を変更し、異常があれば緊急入院できる態勢になっている(〔証拠略〕)。
5 医療保健制度の取扱い
人工呼吸療法については、これまで筋萎縮性疾患の患者に対してのみ、在宅人工呼吸指導管理料として、医療保健制度における診療報酬の対象とされていたが、平成六年四月の診療報酬点数表の改定に伴い、病状が安定し、在宅での人工呼吸療法を行なうことが適当と医師が決めた患者については、新規の患者に限らず、保健給付の対象とされるようになった(〔証拠略〕)。
二 以上認定の事実関係に従い、判断する。
1 法及び厚生省告示の補装具の種目に関する基準に定めのない給付の申請に対しては、基準外交付として、厚生大臣の個別の承認が必要であり、申請に係る給付品が補装具として給付すべきものであるか否かについては、厚生大臣の裁量に委ねられているということができる(この点は争いがない。)。
そして、法の目的、右基準の規定の内容、これまでの補装具の範囲の拡大状況、基準外交付の例等を総合して判断すると、補装具とは、身体障害者の自立や社会経済活動への参加を促進するため、健常者との間に永続する身体上のギャップや身体の欠損部の形や機能を補うため、ないし日常生活又は職業生活を容易にするための身体に装着する用具であると解するのが相当である。
そして、給付の当初、障害の状況に合わせて製作したり、調整することが必要な場合には、更生相談所長又は医師の医学的判定を要するとはしているものの、その後常時ないし継続的な医師の関与は予定されておらず、これらの関与が必要な生命維持のために必要な用具については、その範疇に含まれていないと解するのが相当である。
2 人工呼吸器は、肺胞でのガス交換機能が低下し、所要の換気量を維持することができない者に、横隔膜を含む胸廓の換気運動を補助し、又は代行することによって換気量を維持するための装置であって、原告のいう呼吸機能を補完するものであることは、そのとおりである。
しかし、人工呼吸器を長時間継続使用すると、肺の細菌感染等を起こすことが多いほか、それが適切に使用された場合には、救命のために不可欠な医療器具となるが、些細なことでも問題を惹起すると、患者から生命を奪うことにもなりかねず、在宅呼吸器疾患患者の場合は、特に細心の注意をもって時々刻々変化する患者の体内での代謝に見合うガス交換を的確に維持するため病状の推移を把握した医師等の指導が必要であるとされている。現に原告においても、継続して医師の往診を受け、定期的に検査を行ない、その指導の下において人工呼吸器を使用しており、これらの事実からすると、人工呼吸器は、生命維持に必要な医療用の用具であると認めるのが相当であり、補装具の範疇に含まれないと解するのが相当である。
3 原告は、現在においては、人工呼吸器は、医学的管理なく使用され、補装具の装着の場合と異ならないと主張するが、原告の場合も、前示のとおり、医師の継続的な管理指導の下に置かれており、補装具の製作、調整の際の医師の医学的判定を要する場合とは大いに異なっていることは明らかである。右主張は採用できない。
4 したがって、人工呼吸器は医療用具であって、補装具に該当せず、基準外交付しないとした厚生大臣の判断は相当であって、これに、裁量権の逸脱、濫用があったとは認められず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
第四 結論
以上のとおりであるから、厚生大臣の判断を前提としてなされた本件処分は適法であるから、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 河村浩)